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横浜地方裁判所 昭和46年(レ)56号 判決

控訴人

早川ミツ

右訴訟代理人

松尾黄楊夫

被控訴人

堀内節次

右訴訟代理人

小倉實

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人は、控訴人が通路として使用している別紙物件目録記載の土地のうち、同目録添付図面記載の土地(ハ)の部分に柵その他の工作物を設置するなどして、控訴人が右部分を通路として使用するのを妨害してはならない。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、

被控訴代理人は、主文同旨の判決を求めた。

第二  当事者の主張

一  控訴代理人主張の請求の原因

1  控訴人は昭和四三年七月一日、訴外横山孝吉から同人所有の別紙物件目録記載の土地(以下本件土地という。)のうち、同目録添付図面記載の土地(イ)の部分138.25平方メートルを、期間二〇年、賃料は、控訴人が従前から右訴外人より賃借している本件土地のうちの前記図面記載の土地(ホ)および(ヘ)の部分とあわせて、一カ月につき三、一七〇円の約定で貸借し、同地上に木造亜鉛葺平家建工場を建築所有している。

2  右(イ)の土地は、当初被控訴人が、本件土地のうちの前記図面記載の(ロ)および(ハ)の部分の土地と合わせて、右横山より賃借していたものであつたところ、控訴人の亡夫早川留三郎が被控訴人から転借して前記工場を建てたのであり(留三郎死亡後は控訴人が承訴人が承継した。)、右転貸借により被控訴人の賃借地との関係上、(イ)の土地が袋地となつたため、控訴人は公道に至るために、被控訴人の借地の一部である(ハ)の土地と、控訴人の従前からの借地の一部である前記図面記式の土地(ヘ)の部分をあわせた幅3.5メートルの土地を通路として使用し、被控訴人および地主横山もこれを承認していた。

3  しかるに被控訴人は、前記図面のト、チ各点を結ぶ線上に柵又は塀を設置して、(ハ)部分の控訴人の通行を妨害しようとしている。

4  仮に(ニ)部分の控訴人の通行にいて、被控訴人の承認がなかつたとしても、控訴人は従前の借地権者から引続き、即ち昭和二三年四月以来現在まで、二〇年以上(ハ)部分を通路として使用しており、従つて昭和四三年五月には時効により民法第二一〇条所定の囲繞地通行権を取得した。

5  よつて控訴人は被控訴人に対し、(ハ)の土地の通行妨害の禁止を求めるものである。

なお、被控訴人は、その(ロ)および(ハ)の土地に対する賃借権は、昭和四三年一二月一〇日訴外堀内計男が前記横山と右各土地について、新規に賃貸借契約を締結したことにより消滅したと主張するが、右契約の契約書には、被控訴人が右消滅に同意した旨の条項もなく、その他右契約に被控訴人が関与したと思われる事実はなく、従つて右契約の成立をもつて、ただちに被控訴人の借地権が消滅したということはできない。仮に右契約が借地権譲渡の内容をも包含するものであつたとしても、訴外堀内計男の賃借権取得の登記はなく、又、右土地上に存する建物の所有権の登記名義人は被控訴人であり、従つて右堀内計男はその賃借権取得を控訴人に対抗することはできない。

二  被控訴代理人の本案前の抗弁

被控訴人、前記(ロ)の土地上に存する建物の所名義人ではあるが、その敷地である右(ロ)および(ハ)の土地の賃借人は被控訴人の次男訴外堀内計男であつて被控訴人ではない。又、被控訴人は昭和三九年以来病床にあり、従つて現在のみならず将来に亘つても控訴人の通行を妨害するおそれは全くない。

従つて、いずれにしても控訴人の本訴請求は、その訴の利益を欠くものである。

三  被控訴代理人の本案についての答弁

1  請求原因第1項の事実中、訴外横山孝吉が本件土地の所有者であることおよび被控訴人が(ホ)および(ヘ)の部分を同人から賃借していることは認めるが、その余の事実は不知。

2  同第2項の事実中、(イ)部分を訴外亡早川留三郎が被控訴人から転借して、同地上に工場を建て、同人死亡後控訴人がこれを承継したとの点は不知、その余の事実は否認する。

(ロ)および(ハ)の部分の賃借人は、従前の被控訴人であつたが、同人が病身であり、又事実上右各土地を管理しているのが前記堀内計男であつたことから、賃借人を同人に変更することとし、その結果昭和四三年一二月一〇日、同人が前記横山と新たに賃貸借契約を締結したのであり、これによつて被控訴人の賃借権は消滅した。

3  同第3、4項の事実はいずれも否認する。

控訴人は(ヘ)の部分を通つて公道に行けるので、(ハ)の部分は右堀内計男の自動車の駐車場として使用していたものである。

第三  証拠〈略〉

理由

一本案前の抗弁について

被控訴人は、本件(ロ)および(ハ)の土地の賃借人が被控訴人ではなく、訴外堀内計男であり、又、被控訴人は昭和三九年以来病床にあるので控訴人の通行を妨害しうるものではなく、従つて、被控訴人に対して提起された本訴請求は訴の利益を欠くと主張するが、控訴人の本訴請求は、囲繞地通行権を根拠として、被控訴人が(ハ)の土地の控訴人の通行を妨害するおそれがあることを理由に、その妨害の禁止を求めるものであつて、従つて、被控訴人が(ハ)の土地の賃借人であるか否かは本訴請求の当否には直接関係のない事情であり、又、被控訴人が控訴人の通行を妨害しえないとの主張も、本案についての答弁にすぎないから、結局被控訴人の本案前の抗弁は理由がないものといわざるをえない。

二よつて本案について判断する。

1本件土地が訴外横山孝吉の所有であり、同人から控訴人が(ホ)および(ヘ)の土地を賃借していることは当事者間に争いがない。

そして、〈証拠〉によれば、当初被控訴人は本件(イ)、(ロ)、(ハ)の土地を右横山から賃借していたが、昭和二四年一一月二五日に(イ)の部分だけを、控訴人の亡夫訴外早川留三郎に転貸し、同人は同地上に木造亜鉛葺平家建の工場を建築し、製綿工場や燃料、自動車の置場として使用していたこと、昭和三四年六月に同人が死亡したため、控訴人が右転借人の地位を承継し、その後控訴人から数回にわたり、右土地の返還を求められたものの、引続き使用していたところ、前記横山から(イ)の土地について直接の賃貸借契約にしたい旨の申入れを受け、これに応じて昭和四三年七月一日、期間二〇年の約定で賃貸借契約をしたことが認められる。

2又、〈証拠〉によれば、右転貸借の際に、(ハ)の土地を(イ)の土地への通路とすることに被控訴人と訴外早川留三郎の間で合意し、以後同人および控訴人の両名(夫婦)において、(ハ)の土地と(ヘ)の土地をあわせて通路として利用していたことが認められる。控訴人は右事実をもつて、(イ)の土地の囲繞地通行権につき、当事者間の協議で通路を定めた旨主張するが、〈証拠〉によれば、右(イ)の土地は控訴人の貸借している(ヘ)の土地に、別紙図面のリ、ト点で接していることが認められ、従つて右土地を通れば公道へ至れるのであるから、(イ)の土地はいわゆる袋地とは認められず、従つて控訴人において右の合意により被控訴人に対し(ハ)の土地を通行し、且その通行を妨げてはならないことを請求する債権的請求権を有するのはともかく、控訴人が右(ハ)の土地に囲繞地通行権を有するということはできない。

3なお、前述した(イ)の土地の利用目的にてらし、(ヘ)の部分だけでは自動車の通行が不可能であり、その結果(イ)の土地の利用に多少の支障をきたすことがあるとしても、右通路がそのようないわば特別な用途に適さないという理由で(イ)の土地を袋地と解することは相当でなく、又、右通路の拡張が必要であれば、事実上の困難は別として、それは自己の賃借地ある(ホ)の土地の側に求めるべきものである。

4又、囲繞地通行権は、袋地の所有権ないし利用権に基づく物権的請求権の一態様であつて、右基本権の時効取得をいうのは格別、通行権それ自体独立して時効取得の対象となりうべきものではなく、従つて、控訴人の時効取得の主張は、主張自体失当である。

5ところで前記のように控訴人は被控訴人に対して(ハ)の土地の通行権を主張する債権的請求権を有しているのではあるが、本訴請求がこれに基づくものである旨の明示の主張はないのであり、仮にその黙示の主張があるものとみても、〈証拠〉によれば、被控訴人の実子である訴外堀内計男が昭和四四年三月九日、控訴人の娘との間に右(ハ)の土地の使用に関し、自動車の出し入れのことから紛争を起したことが認められるものの、右紛争に被控訴人が関与した事実は認められず、右堀内計男もその翌日には右(ハ)の土地にあつたまさ木を切つて、従前も通路上に置いていた自己の自動車を(ロ)の土地寄りに位置をかえて置き、その横を、控訴人が、大型の新車の通行は無理であるが、今までの自動車ならば、通行できるようにしたことが右証拠により認められるのであつて、本件全証拠によるも被控訴人もしくは堀内計男が(ハ)の土地の控訴人の通行を妨害したり、あるいは妨害しようとした事実を認めることはできない。新事情として、仮に大型の新車の通行が無理となるとしても、それは通行妨害がなされた結果ではないし、又、妨害しようとしていることにもならない。

三結論

以上、いずれにしても、控訴人の本訴請求は理由がなく失当であり、これを棄却した原判決は結論において相当であるから、本件控訴はこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(立岡安正 新田圭一 西島幸夫)

物件目録

横浜市鶴見区鶴見町六三八番の一

宅地 583.37平方メートル

(別紙添付図面参照)

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